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実は この拉致未遂や乱闘が降りかかって来た物騒な仕儀、
先の “メモリー勝手にお預けしてくれやがった事件”関わりの 一斉摘発の続きで。
帝都、もとえ東京に本拠を置く組織の末端側、
勝手に北方の新進組織と手を結ぼうとしていた小物らの
逃げ延び組を残らず一掃するべく、
太宰がこうなるようにと仕組んだようなもの。
本拠がこっちではない彼が 足しげく運んで顔を見せる中、
必ず逢っていた美人さんがいるという様相を構成し、
故意に隙を見せることで残党どもを誘い出し、
返り討ちによって一網打尽にせんとしていたようであり。
中也嬢が見破って不快そうに言い捨てたように
いわば、中也をもダシにした作戦だったということになる。
敦の活動のマネージメントを担当している身でありながら、
自分たちの“曾て”の記憶が紐解かれてからこっち、妙に馴れ馴れしさが増しており。
その“曾て”において こちらを格下に見る奴だったという先入観からか、
いつもつんけんして接していた中也であったにもかかわらず、
懲りないままに“暇なら会わない?”と連絡を取ってくる彼であり。
鬱陶しいとは思ったが、こちらも芥川のサポートという形でフィギュアに関わっている以上、
そのつながりは無下にも出来ず…というスタンスで、
連絡が来れば待ち合わせの場所まで出向いていたのだが、
今のところは、
『こっちに来たのでついでに』だとか、
『元気してた? 君が寂しがってると思って』だとか、
ふざけた理由しか言って来なくて。
この忙しいのにと沸騰しかかり、じゃあなとそのまま帰ったケースも多々あった中、
今日の待ち合わせこそ、何かしら実のある用件かと思って出向いたらこの始末。
「…人を勝手に使ってんじゃねぇよ。」
激昂することさえ不愉快だと、声を押さえて呟けば、
こちらへ向かって来かかっていた太宰が おやと立ち止まり。
中也が暗に何が言いたいか、あっさり拾ってのことだろう、
「君は守られるよりもアテにされる方が喜んでくれると思ったのだが。」
これでも一ひねりしたのだよと朗らかに言うものだから、
そんな“わざわざ”など嬉しかないと突き放す。
「面倒ごとは嫌れぇだよ。」
それに、と。
そのままの勢いで言いかかり、だが、怒っては負けだと息をついて、
「こっちがある程度は読めるだろうって策を敷くのも腹が立つ。
体よく利用されて喜ぶほど間抜けじゃねぇんだ。」
見覚えのない女らが馴れ馴れしくまとわりついて来て、
太宰と一緒だったろうと仄めかされたことで、
ああ成程なぁと 色々なことがつながっての紐解かれ。
そういう呼吸になっている自分へもあらためてムッと来た。
「こないだの騒ぎの残り滓を一掃する おとりにする気満々だったんだろうがよ。」
「いやだなぁ、そんな詮索は。」
軽やかに躱そうとし、そのまま何か続けんとした声へ強引にかぶせるようにして、
「この程度は読めねぇと付き合い切れねぇ奴だってのを失念してた。」
飄々とした訳知り顔でいるのも気に入らない。
本来だったらこんな危険なことへ、しかも女性を巻き込みはしまい。
目立つフラグとして利用するにしても、その取っ掛かりから同坐したはずだ。
そうしなかったのは、中也が並みの女ではないからで、
あの程度の雑魚が相手なら、それが突発事態であれ、
咄嗟に身を躱していなせるだろうと、そこまでしっかと織り込み済みだったのだろう。
それへ応じたように動いた自身さえ腹立たしくって、
貌では笑いながらも臓腑が煮えるほどに沸々とした怒リがたぎり立っており。
胸倉掴んで、無駄に高い位置にある顔を引き下ろし、凄みを利かせて睨めつけてやれば、
「敦くんの方へ襲撃がかかるのは困りものだったからだよぉ。」
わざとらしく泣き言っぽい声でそんな風に言う。
そんな薄っぺらい言い訳なんざ信じるものか。
ふんっと勢いよく突き飛ばし気味に振り払ってそっぽを向く。
ああ、こんなガキみてぇな憤懣ぶりしか発揮出来ねぇってのも腹立たしい。
赤子の手をひねるって感じであしらわれてる。これだからこいつは苦手なんだ。
八つ当たり半分で ひと暴れしたんで少しはムカムカも消化されちゃあいるけれど、
この程度の連中を伸したくらいじゃあ すっきり爽快とまではいかねくて。
ムカムカの元凶でもある青鯖に、出来得る限りの不愉快顔を向けておれば、
へらへらっと笑っていた太宰もまた、小さく息をつき、やれやれという雰囲気になる。
「大体さ、中也ってば今の私に取っちゃあ一番扱いづらいって判ってる?」
「ああ"?」
だからと、改めて口にしたのが、
がっちがちに守っても怒るだろうし、
懇切丁寧に策を説明しても阿保の子相手みたいな扱いなんてって怒るだろうし、という
微妙に図星なお言いよう。
ちっ、即妙な言い回ししやがってよ。
「だから、いくらかは察してもらおうって恰好にしたのに、
やっぱりそうやって馬鹿にしてるって怒り出す。」
「だから…っ 」
うるせぇなと振り払うべく、
噛みつくように振り返り、何か言いかかった中也を、
「……っ!」
困った奴めとあくまでも宥めるような貌で見やっていた太宰が、
だが、凄まじい瞬発で はっとするとこちらへ腕を伸ばして来、
え?と、その表情の劇的なまでの変化に翻弄される。
何かとんでもないものを視野の中に見つけたという反応で、
その方向は自分の背後。
それこそ武道で研ぎ澄ませている勘が働き、
中也の側でも不穏な流れへ はっとしはしたが、
振り向く間もあらばこそという俊敏さで二の腕や肩を掴まれ、
立ち位置を入れ替えるように頼もしい懐へ掻い込まれ。
パーンッという乾いた音が破裂する。
テレビドラマなぞで聞かれる、バァンとか ズガガガガ…ってのは
演出目的で強調されすぎか、マシンガンレベルのそれであり、
実際はタイヤのパンクのように あっけらかんとした乾いた音。
それを太宰の懐の中、ぎゅうっと抱き込まれつつ聞いた中也は、
法外な種の凶悪な暴力を素早く察してのコト、
本能的に一瞬その身が撥ねたものの、それよりも
潮風どころじゃあない濃くて強い鉄の匂いを感じ取り、
覆いかぶさりつつも力が入らぬか、こちらへ縋るようになって
両腕の輪を絞る太宰に 必死になって呼びかける。
「 太宰っっ。」
「ちゅ、や、」
苦しそうだが、それでも大丈夫と取り繕うような、
そんな絞り出すような声で名前を呼ばれ。
馬鹿やろ離せ、アタシが楯んなった方がと、
苦しげな顔がどんどん水の膜で曇ってゆくの、必死になって見上げてた。
◇◇
一山いくら、創作世界でモブなんて呼ばれそうな存在。
相手側の手勢のうち、誘導班にいた女性の一人が、
護身用にと勝手に持ってたらしいレミントン・デリンジャー。
人差し指と中指だけ伸ばして、手でピストルの形を作って見せたよなデザインの、
どちらかと云やアンティークものみたいな、
2発しか打てない小型の拳銃。
それでも22口径ではあったらしく、至近から撃たれりゃ命だって摘まれよう凶器だ。
表向きはずぶの素人な振りをして、
その実、そういうものにも馴染みのありそな怪しい男。
よって、それをそれだと認識したのだろうに、
だからこそ、あれほどくっきりと驚きに目を見張りもしたのだろうに。
何で逃げ出さないで、
中也を身をもって庇うだなんてそんな無謀をしたものか
撃った奴が撃ってしまったのは、そこが素人の浅慮というやつで、
こうまで本格的な乱闘の修羅場に居たのも初めてだったため、
このままでは自分も殺されるかも知れないとか思ったらしく。
ただただ震えもって敵対者である存在を撃ったら、的が大きかったので見事に命中したという按配。
命中さして倒したにもかかわらず、今度は人を殺しちゃったと震え上がり、
きゃああぁぁあッと凄まじい大声あげたので、
太宰が撤収用に配置しておいた公安関係の人たちへも、
太宰当人が動けぬ危機に、此処ですよという呼び出しの合図代わりになってくれて、
『太宰っ!』
『中原さん、無事ですか?』
中也にしがみつく格好、それでも覆いかぶさることで追撃から守るようにして
頽れ落ちるように倒れ込んだ、長身の伊達男。
曾てと同じ胡散臭い髪型の、うっそり伸ばした前髪の影から
やせ我慢してだろう苦笑を覗かせ、開口一番
『…やあ、安吾。防弾チョッキ着てても結構痛いねぇ。』
『当たり前です。』
頭や首にでも当たってたらどうしたんですか。
そうと説教しつつ、だがその懐ろでガタガタと
この女傑には珍しくも震えている中也なのに気づいて口を噤む。
血の匂いがした?
ああそれはあそこに引っ繰り返ってる人が結構な出血しているからでしょう。
自分で言ってるように念のためにと防弾チョッキを着てもらってありますから、
中也自身も途中から察していたらしいこと、
あくまでも自分が青写真を引いた筋書き通りの策の中で生じた
ちょっとしたアクシデント…とするには火薬が大きすぎる突発事態であり。
おびき出しての大半を “正当防衛”で薙ぎ倒した相手方の輩どもを移送車へ収納しつつ、
取り乱す中也を坂口が引き受け、
背中を撃たれた太宰は 織田が担ぎ上げて万が一のために呼んであった救急車に乗せ、
こんな場末でもさすがに此処までの騒ぎ、野次馬が集まりそうな気配を察し、
そりゃあ慌ただしく、だがだが、騒ぎの痕跡は残さぬよう周到に後始末を心がけつつ、
ものの数分という手際の良さで、撤収完了。
そのまま公安の収監施設と負傷者の方は病院とへ移送するべく
それぞれが車を走らせて……。
「何であんな無茶をしたっ!」
一応は “絶対安静”という札を提げ、
見舞客に制限を掛けた特別室に、鋭い怒号が鳴り響き。
「まあまあまあ。」
怪我を負った相手へそれはいかんよと
ネコ目の青年がどうどうと宥めつつ窘めたのは、
後ろ髪を一房ほどだけ伸ばした、結構おしゃれな国木田氏だ。
彼や太宰、乱歩さんに与謝野女医は、敦の両親の依頼を受けて彼女自身へ仕える身。
フィギュアスケートのチームスタッフでもあるけれど、その前に
彼女の身を守り、活動の補佐をするというのが本道だというに。
どうもこやつは その身を裏社会へも潜ませちゃあ、
大御所様の耳目や手足にもなれる融通の方を存分に発揮する傾向にあるため、
危険なことはくれぐれも避けよというお館様からのお達しをこそ優先して護らぬかと、
こんな風に雷を落とすのが常となりつつあって。
「国木田のお怒りも判るけど、
今回ばかりは、放置するのも危険のタネとなっただろう案件だしねぇ。」
それに一応、単独での暴走じゃあなかったのだから、
ケアへの措置をしいてたことを進歩と褒めてやろうじゃないかなんて、
まるきりの他人事のように評してから、
「その敦くんが詳細知りたくて案じていようから、
ボクらはホテルへ戻るとしよう。」
国木田本人が言ったことを優先しなきゃあねと、
本当はそんな言いようの影で仲間の負傷をこそ案じていた不器用くんを
とりあえず落ち着かせるべく、
ふふーと朗らかに笑って、じゃあねと病室を出てった二人。
鬼を払ったばかりの如月の空が、
近づきつつある春を思わせてそりゃあよく晴れ渡っているのが望める大窓の傍に、
ずっと無言でいたもう一人。
コートも脱がないままの呆然としているお顔なのが痛々しく、
乱歩も国木田でさえも声を掛けるのは忍ばれて、触らぬようにしていた人物が、
日頃はそりゃあ生気に満ちている冴えた美貌をぼんやりと浮かせたまま、
自分も彼らに続こうとするものか、凭れていた窓枠から身を起こすと歩み始める。
それを寝台から見やっていた太宰、
「中也?」
平生となんら変わらぬトーンの声を掛けたところ、
「……。」
焦点の合わぬような、ぼんやりした表情を載せた顔を持ち上げ、
一応は病院から出された病衣をまとった相手を見やったが。
にこやかに笑っているのを見やるうち、
だんだんと意識も冴えて来たものか、
ふいッと顔を背けると、小さな声で呟いたのが、
「…何で、庇ったりなんかしたんだよ。」
「何でって…。」
あの間合いで後ろ向いてたキミでは、避けるのさえ間に合いそうになかったし。
「ほら、私ってこれでも一応敦くんの護衛も担当してるから。」
スタッフの数が増えたんで指揮統括の方を担っているけど、
本来は身を呈すのが基本だし…なんて。
型通りの、用意してあったような言い分けを並べかけたところ、
「…っ。」
いきなり、弾みが付いたよにつかつかと歩み寄ってきた赤毛の女傑。
被弾したというより細身の鈍器で突かれた扱い、
それでも怪我は負ったその背中を養生せにゃならない身なのでと、
円座クッションを背に敷き、斜めに寝かされていた寝台の際までを歩み寄る。
案じていた相手がやっと動きだし、
こちらの届くところまでへと近寄ってくれたのへは安堵したものの、
その様子がいやに重いので、真摯なお怒りが降るかもとついつい萎縮気味に構えておれば、
「あんなちゃちい銃なんぞで死ぬもんかよっ。」
「……うん。」
現に私もこうして無事だったしなんて、茶化すような言いようは差し挟めない。
「手前はいつだって、俺んこと上手にいなして使ってたじゃねぇかよっ。」
「……うん。」
だって昔はキミ 男だったしなんて、混ぜっ返すなんて出来ない。
「口ばっかで肝心な時ほど動きもしねぇ、
ずぼらで腹立つばっかな奴だったくせに。」
「………うん。」
だってキミに任せる方があっという間に片付いたし、
そうしないと機嫌悪くなったじゃないのなんて、揚げ足も取れないまま。
だって、
「〜〜〜〜〜〜。」
「中也、声出して泣かないと苦しいだけだよ?」
「泣いてねぇっっっ。」
吃驚しただろ、いつもいつも要らんことばっかしやがって、
何でそうやって人ンこと振り回して、面倒ごとばっか増やしやがって、
手間かけさせるのいい加減にしやがれ、と。
曾ての付き合いがあったればこそ読解出来るようなグダグダさ、
ぐずぐずとせぐりあげつつ文句を並べ。
こっちの怪我も考慮してか加減しつつ、
しがみついたこちらの胸元やら肩近くやらを、
小さくなったこぶしで、ぽかぽかっと何度も叩いてくるのが切なくて痛い。
“随分と変わったはずなのになぁ。”
男女という差異が出来たせいか、あの頃よりもずっと小さくなったキミは、
それでも…ああ言えばこう言う口調も、それを含めた息の合いようも昔のまんまで。
そんなせいか、それこそ昔そうだった名残りで、ついつい頭をポンポンしたり懐へ掻い込んだり、
ついでに今はあんまり帽子を載せてない頭へ顎を乗っけてみたり、
そういったボディタッチが自然に出てもいた。
曾ての場合は 子供時代から顔を合わせることが多かったせいでの名残りと、
望んでのことではないながら、異能の相性が良かったことから組んでの仕事が多く、
彼の異能が重力操作という物騒なものだったための、抑えも兼ねていたせいもあったけれど。
さすがに袂を分かつてからは、おいそれと接する機会もなくなって。
共闘する機会にだけ、相手を盾やオトリにしたり踏み台代わりにされたり、
カモフラージュ的な喧嘩を繰り広げたりと、
それこそぶっつけ本番でもそれが易々と可能な、
つい昨日まで一緒だったような感覚でこなせたところが、
口では胸糞悪いと言いつつ、実はこっそり嬉しかったのに。
“…敦くんや芥川くんもこんな想いや情をはぐくんでいたのだろうね。”
天涯孤独な身の上や、油断すればそのまま命を落とすような境遇が、
明暗はありこそすれ似ていた彼らで。
身内と思っていた存在からさえ背後からの急襲を受けかねない、
孤立無援の立ち位置が常だった芥川くんが、
そうではなく、仲間から案じられているというに無茶をして飛び出す敦くんへ、
苛立った挙句に庇うような構いようをするまでになっていたのも、
その身を賭して“思うようにしろ”と相棒の背を押し、自分が難敵を請け負ったのも。
今生での再会を信じ、言葉足らずだったの弁明したくて探し回ったほど、
相手をそれは大事と思っていればこそだろうと。
しみじみ痛感していたその胸中をなぞるよに、
「手前は最期までそうだったじゃねぇか。」
「…。」
「一際厄介なことで、窮余の策ってのが手前の頭でも割り出せず、
その場で判断するしかなかったのは判るけど。
何で一人で飛び込んだ。」
早逝した芥川を時折“敦をああまで悲しませて”とさりげなく詰っていたくせに、
自分もまた同じことをしただろうがと。
むずがるように続ける中也の声に、ああやはりと胸の奥でちりりと苦い痛みが走る。
それを思い出したからこその、
何でもない接し方へも及んでいたつれなさであったらしく。
「最期までそうだったって、思い出しちゃったんだ。」
飄々とし、誰の助けも寄せぬまま、危機へ単身で飛び込んでその命を落とした。
異能のせいで治癒の異能も利かないと笑ったが、
それを何とか出来る術も実はあったのに、自分なぞへ人手を割くなと、
それでどれほどの者が悔やむかも判ろうとせぬまま、そんな残酷な別れをした。
「手前はいつだってそうだった。」
多少はアテにしてか、企みの一端に触れさせて参与させても、
それでもその詳細の真なるところは語らない。
何なら気まぐれでしたまでと素っ途惚ける。
自分に寄ったって気遣ったってロクなことはないというスタンスを
どこまでも保って真意はこぼさない。
「あん時だってそうだった。
俺んことさんざん煽って、挙句に“放っておいたら部下たちが危ないかも”なんて一言添えて
早く言わねぇかと焦らせる格好で別の現場へ走らせて。
そうやって、共倒れるしか決着のつけようがないよな、
誤爆させるしかないような装置を解除しつつ倒れやがって…。」
自分のことを“俺”と言っているあたり、間違いなく“かつての話”に違いない。
芥川が敦へ謝っていたのへ、微笑ましいとしながらも
太宰には“人のことは言えない”とずっと怒っていたその根底にあるのもこれだったらしく。
「俺の重力操作や、何なら“汚辱”で押しつぶしたってよかっただろうが。」
「圧力センサーも起爆装置についていたのだよ?」
しかも、正規の方法で解除しない限り、
他所へばら撒かれてあった子爆弾も同時にはじける仕様になってた。
「それでも…っ。」
言いつのろうとする中也が顔を上げたの見やりつつ、
いとし子を愛でるように目許を細め、
「私が身勝手なのは、そしてそれが責められる傲慢な所業なのは重々承知だ。」
そこは譲れないと、譚として言い放つ太宰であり。
「あの頃も今も、何も正義の徒のように自己犠牲を選んでいるわけじゃあない。」
だって、それって却って残された人へ傷を残すと知っている。
こっちはただただ君に痛い思いや何やしてほしくないだけなのに。
それでも、その死こそが負い目になるかもしれないと、
薄情で身勝手が多い中、そういう人も少なくはないと何とはなく知ってたし感じてはいた。
ただ、自分たちの間柄に関しては妙に憶病でもあって
それこそ思い上がるのも甚だしいと、
いくら義理堅いキミだとて、
最後まで厭味なことをとしかめっ面されて終わりかなって思ってた。
「強いて言やあ 嫌がらせかな? 忘れることが出来なくなるように。」
わざとらしく、嘲笑うような言い方になる。
自身へ言い聞かせているのだ、我慢してよ。
そうなる相手くらい選ばせてくれたっていいじゃない。
物凄く残酷かもしれないけど、そのくらいの我儘許してよって、
つれなかった相手への最後の嫌がらせ。
そんな意を込めて言い放つ。
「な……。」
君を一人にしちゃったね。でも私だって一番いてほしかった人といられなかった。
織田作もそうだけど、キミだってそう。
「腐れ縁ってやつだったでしょ? 私とキミとの間柄って。
でも、そういうのも心地よかったよ。
普段は脳筋のくせに、
真剣な言い合いするときとか、もんのすごく頭使わないとキミって感情的にならないじゃない。」
それは懐が大きくて、何でも飲んだし我慢もしてた。
こっちも負けん気が強かったか、
しれッとした顔しつつ、鼻を明かそうと結構躍起になってたほどで。
「だっていうのに、いざってときは
ぞくぞくって震え上がるほど、こっちの反射とか反応とかしっかり把握しててさ。」
何なのキミ、何でそんな…私なんかへも真っ向から接してくれるの。
便利な奴だって体よく利用してりゃあいいじゃない。
素直じゃないとか言って ムキになってくれなくたっていい。
人を振り回しやがってって、嫌いだって言いながら案じてくれなくてもいい。
何で何で…何でそうまで、
「太宰…?」
ああもう、鉄面皮や演技力だって自慢だったのにな。
そんな。案じるような顔しないでよ、さっきまでの勢いはどうしたのさ。
人を馬鹿にすんなって怒ったままでいてよ。
じゃないと私、
「これ以上、余計な本音とか、言わせないでよ…。」
平然として見えるよう、うすら笑いを浮かべていたはずなのにな。
欲しいと思っちゃあいけない、
ちゃんとしたお家のお嬢さんなんだから巻き込んじゃあいけない。
私には独りがお似合いだから、せいぜい厭味なことして愛想尽かせなきゃいけない。
そう思いつつも、目が追うし未練もたらたらで。
そんな情けない奴なのを窘めたいのか、やっぱりなかなか見放さないキミで。
「太宰…。」
女の子の手が伸びて来て、親指でごしごしと目許や頬を拭ってくれて。
何でそんなそっと出来るの、昔のキミはもっと容赦なかったでしょうに。
あっという間に水の膜が張って見えずらくなった視野の中、
ああと慌ててボックスティッシュ探してる、そこじゃないこっちのサイドテーブルだよ。
見つからないかタオルを掴むと、それを顔へと押し当ててくるところへ、
「……うん。やっぱり諦められないな。」
甘い香りをぎゅうと抱き寄せ、懐の中へ掻い込めば。
「……バカやろ。」
真っ赤になったが逃げだそうとはしないまま、
曾てよりは やさしくなった小さな幹部殿、
ふわふかな髪と頬ををこちらの懐ろへ擦り付けて
小さな身を任せるように、かつてないほど甘えてくれたのでありました。
to be continued.(18.12.14.〜)
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*うわぁ、何かただただ長くなっちゃったけど、
雰囲気ってものが全くない告白し合いっこですいません。
なんでもっとこう、甘く切ない話が書けぬのか。
要、精進ですね、はい。

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